小説『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ著)読後感~記憶と忘却のもたらすもの - True Vine

小説『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ著)読後感~記憶と忘却のもたらすもの

The Buried Giant(Japanese)

ノーベル賞作家のカズオ・イシグロ氏の『忘れられた巨人』を読み終えました。

カズオ.イシグロ氏の作品を読むのは『わたしを離さないで』に続き、2作目です。

前作と同じく、静かな語り口なのに、物語の中にぐいぐいと引き込まれ、謎が謎を呼び、どんどん読みたくなる作品でした。

そんな中でも、いろいろなことを考えさせられ、読み終わった後の衝撃もかなりのものがありました。

舞台は5~6世紀ごろのブリテン島イングランド、鬼や妖精や竜が普通にいるというファンタジーな設定です。竜退治についても本作品の中でかなりの分量で語られていますが、冒険がメインテーマではないことは年老いた主人公とその妻を中心に物語が進められることからも明らかです。

この老夫婦が息子を訪ねる旅に出るところから物語は動き始めるのですが、旅の間中二人はとても仲睦まじく、夫のアクセルは妻のベアトリスをお姫様と呼び、お互いを愛し思いやり合う姿が印象的でした。

舞台となるブリテン島にはブリトン人とサクソン人という言語も異なる二つの民族が住んでいて、お互い憎しみあい、過去には戦争があり大殺戮も行われましたが、今は表面上は平穏に暮らしています。その大きなゆえんは、この国全体に立ち込める忘却の霧のせいで、人々から記憶が奪われているからだということが、読み進めるうちにわかってきます。

老夫婦や途中で出会う老騎士ガウェイン卿はブリトン人、一部道中を共にした戦士ウィスタンと少年エドウィンはサクソン人で、語り手が交代しながら物語は進んでいくので、それぞれの人物の立場から見た異なった世界観が垣間見られるのも興味深いです。

 

世界には憎しみ合う民族が今もあちこちにありますが、韓国に住んでいる身としてはやはり一番に思い浮かぶのは悪化している日韓関係です。個人的に付き合いのある韓国人はたいていは常識のある親切な人たちで、尊敬できる人もたくさんいます。韓国人からも日本人に対してそういう評価をしている人をたくさん知っています。憎んだり恨んだりする理由は特にありません。

ところが、民族や国家としてみると、たちまち状況は一変します。自分は経験していない過去からの憎しみが世代をまたいで続いているのです。

日本では『過ぎだことは水に流せ』とか、『寝た子を起こすな』とよく言ったりします。これは、過去の悪い記憶を強制的に消すことによって現在を生きやすくする知恵ともいうことができ、人工的な『忘却の霧』の役割を担っているのかもしれません。

 

忘却の恩恵を受けているのは、民族間の関係に限ったことではありませんでした。物語の終盤で、アクセルとベアトリスは思い出したくなかったつらい過去まで思い出していきます。そして彼らがとった行動は、忘却の霧に支配されていた時からは考えられないものでした。

 

過去の記憶、特に集団に共有の憎しみの記憶は、まるで恐ろしい巨人のように、個々人の未来までをもがんじがらめにして、時には破滅にさえ導いてしまう性質を持っているということを、再度認識させてくれる小説でした。

忘却とは、実は神様からの贈り物の一つなのかもしれません。


直筆サイン入り本 忘れられた巨人 カズオ・イシグロ 石黒 一雄/ノーベル文学賞 /オートグラフ 【証明書(COA)・保証書付き】

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